市ができるずっと前から、上川アイヌは石狩川上流で暮らし、漁をしてきました。かつての地名「忠別」は忠別川のアイヌ語名に由来し、市の最初のアイヌ語地名表示板には「チゥ ペッ」と記されています。2025年12月までに42基のアイヌ語・日本語の表示板が設置されました。[4][13]
- チセ
- ムックル
- 木彫り熊
川村カ子トアイヌ記念館
Kawamura Kaneto Ainu Memorial Museum1916年開館。日本最古のアイヌ博物館を名乗り、100年以上にわたり民間で運営されています。敷地にはクマザサ葺きのチセがあり、館長が毎日いろりに火を入れます。ムックル(口琴)の演奏・製作などの体験(要予約)もあります。[37][14][38]
木彫り熊
The carved bear北海道みやげの定番・木彫り熊の始まりは、1891年に近文へ移住させられたアイヌの人々にあります。隣に陸軍第七師団が置かれると、人々は抗議して居住を認められたものの、自由に使える土地は5分の1だけになりました。兵士やその家族に土産物を売って生計を立てるなかで、木彫り熊が生まれました。[16]





